昔から使われているのぼり
幟ってどういうイメージがありますか。私は戦国時代のもののイメージがあります。戦国時代には戦がありましたよね。その戦の時に敵味方を区別するものとして利用されていました。今、そういうものが残っていて、博物館などに展示されていることもあります。私は日本史が好きなので、そういうものを見ると楽しくなります。
他にはどういう幟があるでしょうか。お店の宣伝だったりもしますよね。今はそういうものの方が多いですけど、戦国時代と変わらないのは、目立つっていうことだと思います。
今でもお祭りの際に幟を使うことが多いですよね。それは神社のお祭りでもそうですし。他にも、戦国時代の武者行列を再現しているものでも使われていることが多いです。地域には、その土地を治めていた戦国武将がいるっていうこともありますし。私も地元の戦国武将っていうとちょっと有名な人なので、結構有名なお祭りがあるんですよ。
今でも、その時代の幟が地元の博物館にあります。博物館っていうか、お城そのものが博物館になっているんです。そういうところっていうのは、日本各地にあると思います。調べてみると中々面白いものでもあると思います。地元だけではなく、全国調べてみるといいかもしれませんね。
自分でデザインできる
幟とは、僕は今までこういうものを自分で導入したことがありません。やはりこれはお店がPRに使って、看板の代わりに使っているものではないかと思います。また、お祭りなんかの出店にもよく使われているものだと思います。こういった点については僕ももっと頑張りたいと思います。
そんな幟とは、やはり自分たちでデザインしていくのもよいのではないかと思います。もちろん、既製品を買うのも一つの方法ですが、それをどんどんやっていくことが必要だと思っています。そうすればもっといろんな魅力が出てくるのではないかと思っています。
このように幟は大いに魅力があるものだと思います。それだけにデザインに力を入れていきたいですね。そういう点についてもインターネットで情報収集しながら色々と検討してみたいですね。これは本当に必要なことではないかと思っています。やはりこれは大いにやる価値があるのではないかと思っています。
以上、幟とはについて語りましたが、これからはこういうことをもっと進めてみたいと思っています。ぜひとも頑張ってみたいですね。もっと期待できるのではないかと思っています。きっとさらにいいことがあると思いますので取り組んでいきたいですね。
万能アイテム
幟とはどういう定義のものなのでしょうか。私的には縦に長い布製の旗でポールとかによって立てておいたりするものだというイメージがありますね。色々と調べてみるとこれもかなり歴史の古いものだそうですね。戦国武将とかが使っていたものなので相当古いです。
昔は幟というものはおもりを立てておくとか木に括りつけたりするものではなくて人が持って掲げるものだったみたいです。多分それを持つだけの為の係りの人というのが存在していたのかも知れませんね。そのように考えると今よく店舗とかで見かけるものもすごい歴史を感じてしまいます。
幟は昔からあるものだと書いていますが今でもまだまだ進化してるみたいです。最近ではかなり巨大な大きさのものとかもありますしね。そうかと思えばかなり小さいサイズのものとかもあります。
そして幟の活用方法もかなり幅があるように思います。一般的には店舗とかのアピールとして使われたりするものなのかも知れませんが、他にもイベントの告知とか道しるべ的な役割とか選挙の時のアピールとか、相撲のときに力士の名前を入れたりとか本当に色々な活用方法があると思います。
幟というものはつまりは何でもできる万能アイテムなのではないのでしょうか。
テレビで見たのぼり旗
幟とは人を扇動する力があると私は思います。実は最近今更ですが2004年にTVで放送された大河ドラマ「新撰組」のDVDをみました。2004年当時は全然新撰組に興味はなかったですが最近いろいろな新撰組関係の小説をよみ嵌っています。
その中で効果的に使われているのが 紅の「誠」と書かれた新撰組の幟です。新撰組といえば浅黄色のダンダラの羽織も有名ですがあれは新撰組ができた当初によく着られていますが後半部分伏見の戦いなどではもう着てないですよね。土方さんなんかは着物ではなくいち早く軍服を着用しているくらいです。
つまり新撰組にシンボルでもあり戦いを通して隊士たちの象徴であったのはダンダラの羽織ではなく「誠」の幟だったといえるのではないでしょうか。
命を懸けた戦いのなかこの幟というのは彼らのシンボルでもあり心のよりどころだったのではないかと思います。
物語の中で斉藤一さんがこの幟をもち自分は新撰組が最後の1人になってもこの幟を守ってみせると言い切るシーンがあって彼に限らず多くの人にとって大事なだと思います。
物語がすすむなかで、小道具としてもどんどん色あせてボロボロになってしまっていくこの幟を見ているのは切なかったですね。
相撲番組
幟というと、なんだか時代劇とか大河ドラマに出てくる歴史を感じるようなものものしいものを想像しますけど、まぁ私たちにとっては飲食店やスーパー、パチンコ屋さんやファミレスなんかで見るもののほうが身近で思い浮かべやすいものでしょう。事実私も俗物ですのでそう思います。
まぁ幟をよく見るという人もそんなにいるとは思えないですけど、我々は無意識のうちにこれを見ているってことがよくあるらしいです。たとえば、大相撲の番組がやるとき、相撲を見る人はたいてい番組のはじめから終わりまで見るものですけど、試合が主でほかはあまり興味がないと思います。でも、番組内で力士の名前を見ることがあるはずです。
これと同じで、私たちも普段なにげなく通っている道で、生活している場所で、ショッピングの途中で、それとはなしに幟を見ているのですが、とりわけ意識することはなくて、あるとき何かを買いたいとか食べたいとか思った瞬間にそれを思い出すわけです。
実はこれが幟の主な働きともいえるものでして、無意識のうちに目に入るというなにげなさ、主張しすぎない広告性というものが長くこの広告媒体が使われている理由なのではないでしょうか。私は専門家じゃないですからそこまで詳しくは知りませんけど、近いような効果はあるのではないかと思っています。
見ているだけでウキウキ
幟について、最近特に関心が高まってきたなと自分自身、思っています。以前はそれほど関心を持って見ていた覚えもないし、同じように立っていただろうに、最近になって俄然関心を持ち出したことに、我ながら不思議な気持ちすら感じています。
おそらく、その原因のひとつに、巣籠り傾向が強まってきたというのが挙げられるのではないかと思います。以前は休日の楽しみといえばカフェでお茶することでしたが、今年は昨年の少々浪費が過ぎた経済状況を反省し、緊縮財政にしたものですから、お外カフェも控えめ。その代わりといっては何ですが、コンビニを利用する機会が増え、それに伴い、幟を目にする機会も増えてきたというわけです。
また幟のよいところは、店の中に入らずして、今もっとも力を入れて販売している商品が何かが分かってしまうことです。もちろん、用事がないときにも幟を目にし、ついフラフラ〜と誘われて入ってしまうという罪な面もなきにしもあらずですが、それもまた楽しいもの。写真を使ったり、イラストを用いたりして作られているものは、見ているだけでウキウキしてきます。
この夏もどんなおいしいものを知らせる幟と出会えるか、今からワクワクしているのでした。
戦国武将での話し
幟で思い出すのは、戦国武将です。様々な幟旗がたなびく合戦場。そんなイメージです。戦国時代、その旗は自分達の勢いを示すものでもあり、闘志の表れ、象徴でもあったはずです。その旗のもと、自軍の勝利を信じて戦ったのです。
今もスポーツチームなどで、幟は目にすることがあります。
自分達の席に旗を立て、存在をアピールする。戦意の高揚。そんな意味もあるでしょう。
神社でも目にすることがあります。お祭り等でも登場する幟ですが、心理的な効果を上げる目的もあるそうです。気分が盛り上がるのでしょう。
最近では、車の中に小さな幟を見かけることがあります。
例えば、自分が応援しているサッカーチームの幟。これなんかは、一つのファッションであり、ファンのためのグッズであるわけですが、基本的なところは戦国武将と何一つ変わることはありません。結局のところ、戦意の高揚なわけです。
日本人には、このように昔から幟に関しては一種の精神的な支柱、こころのよりどころとしてきた部分が多いということが分かります。ですから、何百年たっても変わらずに受け継がれているものなのでしょう。そしてそれはこれからも日本人のこころのよりどころとしての働きを受け継いでいくことでしょう。